3.建学の精神と校訓



創立者が抱く深い理念と確固たる信条が結晶して、私学は特徴ある校風と独自の伝統を築きます。


 葛生学館設立趣意書を起草したとき永井泰量先生は27歳でした。以来、93歳で天寿を全うするまで、66年の長きに亘って先生は館主として、理事長として、また校長として終始一貫本校を直接統括しました。本校の航跡をなぞると、創立者のもとで葛生学館としてスタートした本校は明治43年3月に県の認可校になり、大正14年に財団法人葛生実業学校として法人を組織します。大正15年には校名を葛生農商学校とし、その後、昭和15年の葛生商業学校、昭和19年の葛生工業学校、昭和21年の葛生商業学校を経て、昭和23年に葛生高等学校と現在の姿を整えました。創立者は一生をかけて本校を慈しみ、手塩にかけるようにして本校を育てのです。本校には創立者の理念と信条が浸みわたっています。


 創立者が本校を創立したのは営利を目的としたのではありませんでした。営利を目的にしたのであれば、立地を考えて葛生以外の候補地を物色しただろうと思います。明治42年付けの葛生学館収支予算書には月謝が50銭、月謝の年間の徴収月数は11ヶ月とあります。明治40年付け県立中学校長会の調書によると、佐野中学校の授業料が年額19円80銭と記載されています。佐野中学校では授業料の他に被服費が年間12円ほどかかりました(栃木県立佐野高等学校80年史)。葛生学館の授業料は佐野中学校の3分の1にも満たなかったことになります。


 本校創立の目的は世に重宝されるためのハウツー知識の受け売りや、特殊技能の伝授を目指したものでもありませんでした。青少年が道義をわきまえず、利己主義に走り金銭を万能と考えて欲望に執着しては未来はないと国の行く末を案じたのです。乱れて行く世の中に染まらない青少年を育てようとしました。たやすく他に組みしないアイデンティティーを備え、自らの役割をしっかり自覚した社会に役立つ気概に燃えた人材の養成です。大局観を持ち、空漠の論を用いず、建設的な知識を身につけた健全な精神を涵養することが本校創立にかけた創立者の願望でした。


 創立者の心の中にカオスのように灯った創立の理想は能動的な動作を起こします。動作には反応があり、創立の理想は現実の行動の中で次第に生成し建学の精神として具体化しました。本校建学の精神は「質実剛健至誠一生」です。建学の精神を実現するために示された校訓は「誠実なれ、勤勉なれ、規律を守れ」です。



 


葛生農商学校農業科第1回卒業生の木村文作さんが本校創立80年記念誌の中で、校歌の誕生を回想しています。木村さんは産業組合においてまた農業委員として長く地元の発展に貢献され、佐野市議会では議長まで務められた方です。木村さんによれば、ある朝登校してみると黒板に校歌の歌詞が板書されていたといいます。前の日にはなかった板書だったそうです。木村さんの卒業年次と考えあわせますと、校歌が板書されたのは昭和3年頃のことです。校歌は当初4番までありました。いまは当初の歌詞の2番が除かれて3番までとして歌われていますが、元の歌詞の2番に質実剛健が唱われています。2番の歌詞の全文は次の通りです。「軽俳の風浮薄の習、疫病の如くにはやり行くとも、質実剛健不抜の精神、健児三百いざ諸共に、興農殖林国本の業、習びて覚えていざ務めなむ」。


 大正13年3月に編纂された葛生学館第14回卒業記念誌が残っています。記念誌には葛生学館訓育上の要領として次の二点の記載があります。一、生徒の自治的精神、社会奉仕的精神を養成し、至誠をもってことにあたる努力主義をもって訓練統一をはかり、共同一致の精神を養う。二、規律、服従、協同、清潔に私淑せしめることに努める。


 創立者は蔓延する奢侈淫蕩の風潮、道義の払底、利己主義、黄金万能の台頭を深く憂えました。これを払拭するために創立者は易きに流されてはいけないと、青少年の自覚を呼び起こそうとしました。青少年に有用な知識を授け、さらに健全な精神を養って社会に役立つ青年を育てようと決意したのです。質実剛健至誠一生は創立者が思い描いた人格のエッセンスです。本校建学の精神は国の将来を憂え、国民に自戒を求めた戊申証書と揆を一にします。


 元大蔵財務官だった行天豊雄氏が、日本が国際社会で認められ世界を舞台に活躍するためにはどうすべきかを著書「日本経済の視座」の中で説いています。氏は豊富な国際経験の持ち主です。行天氏が指摘するようにイギリスも、フランスもまたアメリカも、国際社会のリーダーはみな際だったアイデンティティーを備えています。イギリスには選ばれた者が果たすべき責任感の認識が、フランスには自国の文化に対する誇りがあり、アメリカには自由と民主主義があります。では、日本は何をアイデンティティーとして世界にアピールしていけばいいか。行天氏はそれを誠実さ、勤勉さ、周囲への思いやりだといいます。この三つは長い歴史の中で培ってきた日本の美徳だから、世界も認めている日本の美徳だからです。周囲への思いやりは規律を守り他に迷惑を及ぼすなということと同義です。  本校は建学の精神のもとに、創立以来の校訓である「誠実なれ、勤勉なれ、規律を守れ」を次の百年に掲げ続けます。